最終更新日:2026/01/05
記事公開日:2025/09/01
入社して間もない時期は、日々の業務に追われて自分の仕事の背景まで意識する余裕がないかもしれません。
しかし、不動産賃貸仲介業という仕事がいつ、どのように始まり、どのように変化してきたのかを知ることは、業務理解を深め今後の働き方を考えるうえでも役立ちます。
この記事では、不動産賃貸仲介業の歴史や関連制度の変遷を時代ごとに整理しながら、現在の仕組みがどのように形成されたのかをわかりやすく解説します。仕事への理解を深めたい方や、業界の成り立ちに関心がある方は、ぜひ参考にしてみてください。


土地を「誰かの所有物」として認識する考え方は、古代から存在していました。日本では律令制の時代(飛鳥〜奈良〜平安時代)、土地は国家のものとされ、民衆には耕作する権利のみが与えられていました。
鎌倉〜戦国時代に入ると、武士が土地を支配し、「領地=個人のもの」という所有意識が広まります。さらに江戸時代になると、幕府が土地を統制しつつも、農民が年貢を納めることで土地を使用する仕組みが定着しました。
現在のような「土地を所有する」という不動産の概念は、このように時代とともに形成されてきたのです。不動産賃貸仲介業の基礎にある「土地の所有」という意識の変遷を知ることは、仕事への理解を深めるうえで重要な手がかりとなります。
ここでは、不動産賃貸仲介業がどのように生まれ、どのように発展してきたのか、時代ごとの流れに沿って解説します。あわせて、業界の基盤となる法令や制度が整備された年も紹介しながら、不動産賃貸仲介業が現在の形になるまでの歩みをわかりやすく振り返っていきます。
江戸時代に関する主な制度・背景(法令としては未整備)は以下のとおりです。
・明確な不動産に関する法制度は存在していなかった
・土地や建物の貸借は慣習に基づいて行われていた
・職業紹介業としての口入屋が江戸初期から登場
・賃貸借契約書や法的手続きはなく、口約束や証文によるやり取りが一般的だった
不動産賃貸仲介業の原型は、江戸時代に活動していた「口入屋(くちいれや)」に見ることができます。口入屋はもともと、奉公先や職場を紹介する職業仲介業でしたが、江戸の町人文化が発展する中で、住まいのあっせんも行うようになりました。
当時の江戸は火事が多く、住まいを移す人も多かったため、賃貸の需要が高まっていました。長屋を借りて暮らす庶民も多く、貸し手と借り手の間を取り持つ存在として、口入屋は重宝されました。
報酬として紹介料が支払われており、これは現在の「仲介手数料」にあたるものと考えられます。制度としての整備はまだされていませんでしたが、「住まいを仲介する仕事」はすでに社会に定着し始めていたのです。

明治・大正時代の主な制度・法令は以下のとおりです。
・1872年(明治5年):田畑永代売買禁止令の解禁(土地売買の自由化)
・1873年(明治6年):地租改正条例を公布、土地所有権を明確化し「地券」を発行
・1898年(明治31年):民法制定、賃貸借契約の基本ルールが明文化される
・1910年(明治43年):日本初の木造アパート「上野倶楽部」竣工
・1916年(大正5年):日本初の鉄筋コンクリート造集合住宅(軍艦島・30号棟)建設
・1923年(大正12年):鉄筋コンクリート造の共同住宅「東京市営古石場住宅」建設。関東大震災によりRC造の耐震性が注目され普及が加速
・1926年(大正15年):同潤会が日本初の本格的RCアパート「中之郷アパート」竣工
明治時代に入り、土地の私有が認められるようになると、近代的な不動産制度の整備が進みました。1872年には田畑永代売買禁止令が解かれ、翌年の地租改正により土地所有権が明確化され、「地券」が発行されます。これによって、土地を自由に売買できる体制が整い、不動産取引の基盤が築かれました。
1898年に民法が制定され、賃貸借契約の基本ルールが初めて法律で明文化されます。契約書の作成や権利関係の取り決めが一般化し、貸主・借主双方の保護につながりました。
また、都市の工業化や人口集中により住宅需要が高まり、借地に長屋を建てて貸す動きが活発になります。1910年には日本初の木造アパート「上野倶楽部」が誕生し、1916年には軍艦島にて日本初の鉄筋コンクリート造集合住宅が建設されました。
関東大震災を機に耐震性の高いRC造住宅が注目され、1926年には同潤会による近代的なアパート建設も始まります。これらの流れの中で、不動産の「商品化」が進み、不動産賃貸仲介業も徐々に形を整えていきました。

昭和時代の主な制度・法令は以下のとおりです。
・1939年(昭和14年):地代家賃統制令を制定(戦時下における家賃・地代の抑制)
・1947年(昭和22年):家屋台帳法・土地台帳法を制定(課税基準・公的管理の整備)
・1950年(昭和25年):住宅金融公庫を設立(低利の住宅ローン制度開始)
・1952年(昭和27年):宅地建物取引業法(宅建業法)を施行(宅建業者制度の確立)
・1966年(昭和41年):借地法を改正(借地人の建替え・売買への裁判所承諾制度導入)
・1973年(昭和48年):特別土地保有税・宅地並み課税を導入(土地投機・地価高騰への対策)
・1980年(昭和55年):借家法の一部改正(更新拒絶や立退きに関するルール見直し)
・1980年代後半(昭和60年代):家賃保証制度・一括借り上げ制度(サブリース)が登場
昭和に入ると、戦争や震災による住宅不足と都市部への人口集中により、借家の需要が急増しました。戦後は不動産業者が各地に広がり、借地借家法や宅建業法などの制度が整備され、仲介業の基盤が形づくられます。
高度経済成長期には、住宅金融公庫の設立や公営住宅の整備、ワンルームマンションや学生マンションの登場など、多様なニーズに応える賃貸住宅の供給が進みました。昭和末期には家賃保証や一括借り上げ制度も登場し、賃貸経営が「事業」として社会的に認知されるようになっていきます。
不動産仲介業もこの変化に応じて役割が拡大し、単なる物件の紹介から資産活用や事業支援へと進化していきました。

平成から現在までの主な制度・法令は以下のとおりです。
・1991年(平成3年):借地借家法の制定(借地法・借家法の統合)
・2000年代以降:インターネットによる物件検索が一般化
・2000年代前半:定期借家制度、特優賃・高優賃制度が本格運用開始
・2007年(平成19年):住宅金融支援機構の発足(旧住宅金融公庫の廃止)
・2011年(平成23年):サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)制度がスタート
・2017年(平成29年):IT重説の本格運用、住宅セーフティネット法の改正
・2018年(平成30年):住宅宿泊事業法(民泊新法)施行
・2021年(令和3年):賃貸住宅管理業法施行/賃貸不動産経営管理士が国家資格に
・2022年(令和4年):宅建業法改正により電子契約が完全解禁
平成以降は、契約時の説明責任や消費者保護の重要性が高まり、1991年の借地借家法の制定を皮切りに、法制度の整備が進みました。バブル崩壊後は節税目的での借家建築が活発化し、賃貸住宅経営が「第二の年金」として注目されるようになります。
IT技術の普及により、物件探しはネット中心となり、IT重説・電子契約・サブリースなど、新たな制度や仕組みが導入されました。近年では、高齢者・子育て世帯向け住宅の拡充や、災害対策住宅・バリアフリー化、環境配慮型住宅の供給など、社会の多様なニーズに応えるかたちで賃貸住宅の形も進化を続けています。仲介業もまた、暮らし全体を支える役割を担うようになってきました。
今後の不動産賃貸仲介業は、単なる「物件紹介」から、より個別化された暮らしの提案へと進化していくと考えられます。
たとえば、AIを活用した物件レコメンドや、オンライン接客・電子契約のさらなる普及により、来店せずに契約まで完了するケースが今後ますます一般的になるでしょう。
また、高齢者や外国人、ペットと暮らす世帯など、多様なニーズに応じた住まいの提案が一層求められます。ライフスタイルや価値観の変化に寄り添いながら、テクノロジーと人の対応力を組み合わせて、利用者にとって「信頼できる住まい探しのパートナー」となる役割が、今後重要になっていくはずです。
不動産賃貸仲介業は、江戸時代の「口入屋」にその原型を持ち、法制度の整備や社会の変化を経て発展してきました。現代ではIT技術の活用や、多様なライフスタイルへの対応が進み、より柔軟で寄り添うサービスが求められています。
このような業界の歴史を知ることは、現在の仕事の意味や役割を深く理解するうえで大きな助けになります。不動産賃貸仲介業は、単なる「部屋探しの案内」ではなく、お客様の人生における大切な選択を支える仕事です。
今後も、自信と誇りを持って、お客様に寄り添う一歩を踏み出していきましょう。
記事へのコメント | |