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不動産賃貸仲介の必須業務「家賃の増減額交渉」について徹底解説

記事公開日:2024/02/11

最終更新日:2024/02/11

家賃の増減額交渉について
専門家_田井様

田井能久

この記事を書いた人

株式会社タイ・バリュエーション・サービシーズ 代表取締役/不動産鑑定士

国内最大手の不動産鑑定事務所に勤務後、米国系不動産投資ファンドに転職。2006年に独立して株式会社タイ・バリュエーション・サービシーズを設立。25年以上の評価実績を有し、特に相続や訴訟に関連する案件を得意とする。元愛知大学非常勤講師で現在はセミナー活動のほか各種WEBメディアに記事提供も行う。

不動産賃貸仲介従事者として、オーナーである貸主やテナントである借主から受ける相談に「家賃改定の相談」があり、状況により増額する場合もあれば、減額する場合もあります。家賃改定は、まず貸主と借主の間で話し合いが行われますが、話し合いで決まらない場合は「調停」という形で、裁判所に場所を移して行われます。しかし、この調停でも「なぜ家賃を下げたいのか」「なぜ家賃を上げたいのか」という希望について、「(自分が考える)相場がこうだから」の一点張りで、相手が納得できるような説明や情報提供ができているというのは少ないです。

そもそも不動産賃貸仲介従事者は取引の専門であって、交渉の専門家ではないので、家賃の交渉は得意分野ではないのかもしれません。しかし、相談を受ける内容としては多いと思われるので、その交渉方法は知ってくべきです。

そこで、今回は家賃交渉でヒントになる情報を提供させていただきます。

家賃の増額根拠とは?

家賃の増額を交渉する場合に「相場が上がっている」という理由で交渉する場合が多いと思いますが、それを客観的に示すのはなかなか難しいです。

相場を示すよりも、下記のような「家賃を構成する内容」の増額を説明することによって、より交渉がスムーズに進みます。

1.維持費や管理費の上昇

賃貸物件の管理には人的管理もありますが、物理的な管理もあります。昨今の人手不足の事情から管理してくれる人の賃金を上げざるを得ない状況になれば、管理費も上げる必要があるので、賃料を上げる合理的な理由になります。また、共用部分の電気代や水道代の増加も直接的な経費の増加につながり、これらの費用の上昇は家賃を上げるうえでかなり説得力がある理由となります。

そこで家賃交渉をする場合に、どのくらい維持費や管理費が上がったかを明示することが必要です。過去の費用をきちんと把握しておき、それをわかりやすい形で示すことができるよう、常にデータを整理しておくことは言うまでもありません。

2.修繕費の上昇

日常的な摩滅や破損を直す費用はそれほど大きな金額とならない可能性もありますが、大規模な修繕に相当する場合、分譲マンションなどとは違い、一般的な賃貸物件は月々の家賃の余剰資金からその費用を捻出しなければなりません。

家賃をある程度の長期的な修繕費も考えて設定したとしても、建築費等の大幅な上昇や資材不足が生じたなら、家賃の見直し、すなわち増額も妥当といえます。

3.固定資産税の上昇

建物の固定資産税は経年とともに減っていくので、土地と建物を含めた固定資産税の納税額は少なくなるのが通常です。しかし、地価が高い大都市に立地しているような場合には、近年の土地価格の高騰により土地の固定資産税の評価額が上がり、その結果、総額では支払う税金が年々上がる場合もあります。

あくまでも立地条件や建物の状況にも関係しますが、税金が上がったことに応じて家賃を上げることは合理性があると考えます。

家賃の減額根拠とは?

家賃の減額を訴える場合も、増額と同様に客観的に示すことは難しいです。家賃の減額を貸主から提案することは極めてまれで、借主からの訴えであることが通常です。

従って借主側が収集できる情報に基づき、以下のような資料を提示して行う必要があると考えられます。

多数の市場賃料の減額事例

借主が家賃の減額を申し出る最大の理由は「隣にできた新築のアパートのほうが、設備が良くて部屋も広いのに安い」「同じマンション内の自分の部屋よりグレードが高い部屋なのに安い」など、周辺賃料と比較して現在の自分の家賃が不均衡になったと感じたことです。必ずしも貸主は近隣に住んでおらず、実は離れた場所に住んでいて、最新の家賃の動向を知らないことがあるので、周辺の最新の家賃相場を提示するのは減額交渉をするのに有益な手段です。

そこで大事なのは、事例を1つや2つでなく、多数集めて説得力を持たせることです。最低でも5つ、できれば10つくらいの事例を集めるといいでしょう。加えて、単に家賃のみの比較でなく、敷金や礼金や管理費などその他の負担する費用も含めて比較することも大切です。

同等の不動産の代替事例の減額事例

上記で多数の市場賃料の調査の必要性を述べましたが、それが現在借りている物件とまったく違う特質を持つものではあまり意味はないです。具体的にはRC造のマンションと、S造のアパートでは、同じ立地でも相場が違うので、自分が借りている物件と同じ構造の物件で比較する必要があります。同様に、駅近の物件と駅からの徒歩圏外の物件は、その立地特性があまりにも違うので比較しにくいです。よって、それぞれの物件に応じた特性を見極めた上で比較することが大事です。

移転した場合の方が合理的といえる根拠

家賃の減額交渉が決裂して、借主ができる最後の抵抗手段は「物件からの退去」です。そうなると、借主には新たに部屋を借りる費用や引っ越し費用、そしてさまざまな手続きが必要になります。そして貸主にとっても、部屋のクリーニング費用がかかるだけでなく、次の借主が決めるまで空室が生じ、その間の家賃収入が途絶えるので、結果的に双方にデメリットが生じます。

現実的にはそこまでせず、話し合いで解決することが多いとは思いますが、あまりにも市場賃料から乖離した状態ならば、いっそのこと積極的に退去や移転を促したほうがいい場合もあります。

そこで、借主から相談を受けた不動産賃貸仲介業者としては、退去や移転を勧める場合は移転に関するコストや手間を合理的に見積もって提示するようにしましょう。家賃が10万円以下の単身者向け住宅ではそこまでは手間をかけられなくても、数十万円以上を払っているオフィスなどの場合には、コロナ渦を経た現在、移転が転機となって新たなビジネスにつながる可能性もあります。

継続賃料と新規賃料の違いについて

家賃交渉で揉める場合、「継続賃料」と「新規賃料」の概念が混合していることがほとんどです。この2つの賃料について説明します。

継続賃料とは何か

継続賃料とは、わかりやすくいえば「賃貸借契約を締結している場合の賃料」です。

たとえば10年前に家賃10万円で契約し、その後5年前に一度だけ12万円値上がりして現在に至る場合、物件の継続賃料は12万円になります。

新規賃料とは何か

新規賃料とは、わかりやすくいえば「新たに賃貸借契約を締結した場合の賃料」です。

上記の例だと、この部屋とまったく同じ面積と間取りの隣の部屋がたまたま空室となり、成約した賃料が10万円なら、新規賃料は10万円です。

継続賃料と新規賃料の違いと家賃で揉める理由

上記の例のように、12万円の家賃を払っている人の隣の部屋が10万円の家賃で決まった場合、「『同じような部屋なのに2万円も高い』と不満を感じ、家賃の減額を申し出る」というのが、家賃でも揉める典型的なパターンです。しかし、12万円の賃料は5年前から決定しており、それが高いと考えればこの5年間でいくらでも交渉の機会があったともいえます。それを行わなわなかった結果の賃料が、12万円と考えられるでしょう。

よって隣の部屋が10万円で成約したからといっても、同じような物件であるだけで、契約の事情が違うので、すぐさま10万円が妥当な賃料とはいえません。これが「継続賃料」と「新規賃料」の違いです。不動産の専門的知識を持たない人に対し、この概念の違いについてわかりやすく説明することが、家賃交渉に関するトラブルを減らす第一歩となります。

家賃交渉の注意点

それでは理論的な話を踏まえ、実務的な手段として家賃交渉をするために、以下の点にご注意ください。

相手の事情をよく聞く

たとえば家賃を下げてほしいという申し出があった際に理由をよく聞くと「クーラーの調子が悪いなど設備に不満がある」「実は会社を辞めたので一時的に収入が減少した」など、その背景が隠れているケースが多いです。それがわかることで、家賃という形で決着させるのでなく、その他の方法で解決を図る道筋も見えてきます。

交渉で大事な点は、こちらの主張を伝えることでありますが、それ以上に相手の主張とその理由を聞くことで、結果として自分の有利な結論に導けます。

家賃交渉を言い出したのは誰かを確認する

意外に多いのは、本人は家賃交渉の必要性を感じていなかったにもかかわらず、知人や友人に家賃の話をしたところ「相場より安い(または高い)」といわれ、物は試しで交渉を始めるというケースです。この場合、その知人や友人は明確な根拠もない状態で指摘しただけという可能性が高いでしょう。

このような交渉事を避けるには、日ごろから借主と貸主の信頼関係を築いておくことが重要です。信頼関係を築く方法としては、やはり密なコミュニケーションをとるということに尽きます。たとえば、家賃改定をしない場合、貸主から借主に対して連絡等はしないのが通常ですが、借主とのコミュニケーションを図る目的で「大家からの案内」のような書類を作成することをおすすめします。

そこに「今年は固定資産税も上がった、維持管理費も上がった、だけど吸収できる範囲なので、家賃はそのままです」というような内容を記載し、借主に渡しておくことが、次回の家賃交渉に役立つ場合もあります。用がないときでも連絡をとって、関係性を維持するよう努めましょう。

ほかの代替案での解決策を探る

貸主にとっては、ひと部屋につき月額1,000円の減額だったとしても、年間だと12,000円と、減額が積み重なります。そして、複数ある部屋のうちのひと部屋を減額した結果、他の借主も減額を請求する、新規に募集した場合に上限値が決まってしまうなど、全戸の問題に波及してしまう事態はなんとしても避けなければなりません。

そのために、借主同士で情報を得やすい家賃はなんとか据え置いてもらい、敷金や礼金を調整する、設備を新しくするなど、家賃とは別に付加価値の高いサービスを提供する方法をとった方が有利に働きます。たとえば近年は宅配ボックスのニーズが高いので、設置することは家賃の減額に加え、空室の発生リスクを下げることに役立ちます。このように設備の更新などの代替案で解決を図ることも考えましょう。

まとめ

モノの価格は常にライバルが現れて、競争に晒され、変動します。家賃も「オーナーが提供し、毎月テナントが同額で買ってくれる空間」という考え方をすれば、契約期間の縛りはあるものの、実は一般的なモノと同様、常に競争に晒されているといえます。

従って不動産賃貸仲介従事者は、家賃は一定と考えるより、むしろ常に交渉が起こる可能性があるものとして、いつ相談が来てもいいように準備しなければなりません。家賃の増額の相談にしても、減額の相談にしても、相手との交渉時には感情や感覚で伝えるのではなく、相手を納得させる理論やテクニックが必要です。

不動産賃貸仲介従事者にとって、こうした交渉スキルは今後ますます重要になっていきます。本記事でロジックを学び、ぜひ自らオーナーに働きかけて場数を踏み、スキルアップに取り組んでいただければと思います。

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