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持ち家志向から賃貸志向へシフトする可能性

記事公開日:2023/09/28

最終更新日:2024/01/18

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秋津 智幸

この記事を書いた人

不動産サポートオフィス 代表コンサルタント。

横浜国立大学卒業後、神奈川県住宅供給公社に勤務。その後不動産仲介会社等を経て、独立。現在は、自宅の購入、不動産投資、賃貸住宅など個人が関わる不動産全般に関する相談・コンサルティングを行う。その他、不動産業者向けの企業研修や各種不動産セミナー講師、書籍、コラム等の執筆にも取り組んでいる。

昨今の不動産価格の高騰や物価高による実質賃金の下落、住宅ローン金利上昇への懸念などによって住宅購入のハードルが高くなり、住宅購入が難しくなってきています。

さらに、高齢者を含む持ち家世帯の意識の変化で買い替えずに賃貸住宅志向へと変化する傾向があるなど賃貸住宅を取り巻く状況も変化しつつあります。こうした状況を踏まえて、ここでは今後の賃貸住宅需要の変化についてみていきたいと思います。

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不動産価格の高騰と金利上昇

ビルの街並みの画像

不動産の価格上昇は継続しており、国土交通省が公表している不動産価格指数(令和5年5月・令和5年第1四半期分)では、戸建てやマンションの指数が前月比でやや下がったものの、依然として高い水準にあり、特にマンションは全国平均で2010年を100として188.6と非常に高い水準に留まっています(※①)。

この傾向は、首都圏だけでなくほぼ全国的に共通したもので、マンションに関してはむしろ北海道地方や東北地方、九州・沖縄地方の方の指数は200を超えており、関東地方よりも高騰しているといえます。マンションは基本的に都市部にあることを踏まえると、より都市部の住宅の購入は難しくなってきているともいえます。

また、日本銀行は2023年7月に、長期金利の変動許容幅の上限を事実上引き上げるイールドカーブコントロール政策の柔軟化を決めました。イールドカーブコントロール(YCC)とは、中央銀行(日本では日本銀行)が行う金融政策の一つで、長期金利に目標を設定し、その目標を達成するために必要なだけ国債の売り買いを行うことです。よく耳にする量的緩和との違いは、金利に目標を設定する点で、過度に中央銀行のバランスシートを拡大させることなく長期金利を誘導することができるとされています。

この7月のYCC柔軟化では、長期金利の変動上限の0.5%を「めど」と位置付け、国債を無制限に購入する連続指し値オペの水準を1%に引き上げました。こうした金融政策を受けて、特に長期固定金利上昇の可能性が高まっており、実際に長期固定の住宅ローン金利は、メガバンクを中心に上昇しています。報道によれば、メガバンク3行は9月から10年固定の基準金利を0.1%~0.2%引き上げると発表しています(※②)。

昨今、住宅購入の際、最も利用されている変動金利型住宅ローンの金利は短期プライムレートが指標となるため、金利は据え置かれています。そのため、今のところ住宅購入に際して直接的に大きな影響はないものの、今後の金利上昇への懸念があり、住宅を購入する際の心理的なハードルになってきています。

物価高と賃金

家計簿をつける手元の画像

次に不動産を購入する需要側の環境をみていきましょう。日本は、すでに少子・超高齢社会を迎えており、この傾向は今後も変わらないと見られます。

総務省の発表では、12年連続で総人口は減少しており、15歳未満の人口割合が過去最低を記録する一方、65歳以上の事項割合は過去最高を記録しています(※③)。15歳以上64歳(OECDが定義する生産年齢人口)の人口割合も過去最低水準で、今後さらに総人口が減る中、高齢者の割合が増加し、生産年齢人口は減少していくものと思われます。従って、移民政策の転換など大きな変革がなければ、住宅需要も必然的に減少していきます。

一方、内閣府が公表している「一人当たり名目賃金・実質賃金の推移」によれば、日本の賃金水準は1991年を100とした1人あたりの名目、実質ともにほとんど横ばいであり、他の先進諸国と比べて日本だけが取り残されたような状況にあります(※④)。

また、ウクライナ侵攻などを原因とする原油や原材料の高騰、加えて円安といったさまざまな要因があり、日本国内の物価は上昇傾向にあり、総務省が公表している「消費者物価指数」によると2020年から2023年にかけて3%上昇しています(※⑤)。

このように収入が横ばいで推移している中、物価は上昇してことから実質収入は減少しているため、預貯金に充てる余力も少なくなってきています。実質収入が減る中、預貯金が思うようにできないことから、自己資金を準備することが難しくなり、加えて返済を考えると多額の住宅ローンを組むことへの不安もあり、心理的に住宅を購入しにくい環境にあります。さらに現在のように不動産価格の高騰が続く中では、一層住宅購入を躊躇してしまう状況にあるといえます。

持ち家世帯の減少

次に持ち家世帯の状況についてみていきましょう。厚生労働省が公表した「持家世帯比率の推移」では、日本の持ち家世帯比率は、60歳以上では1983年以降横ばいまたは微増で推移していますが、その他の世代では、特に年代が下がるに従って持ち家比率の減少は顕著になっています(※⑥)。特徴としては2000年代になってからはそれまで横ばいだった40歳代、50歳代でも減少傾向が強くなってきている点があります。

この原因はさまざまあると思われますが、今の40代や50代が、収入が増加しない(または横ばい)まま歳を重ねていることで、以前の40代や50代に比べて持ち家を取得することが難しくなってきていることも考えられます。

こうした状況の中、前述してきたように、不動産価格の高騰に加え、住宅ローン金利の上昇傾向、さらに実質賃金の減少によって、住宅を購入することがよりいっそう難しくなり、今後持ち家比率はさらに下がる可能性が高いものと思われます。このことは、逆に言えば、住宅に関して賃貸層がさらに増える可能性が高いということになります。

賃貸住宅への住み替え

ここでは視点を変えて、現在は持ち家である世帯が、今後、賃貸住宅へ住み替える可能性についても見てみたいと思います。

今後の居住形態の棒グラフ画像

国土交通省が公表している令和4年度住宅経済関連データの「3 住宅に対する国民の意識 (6)今後の居住形態及び住み替え方法」によると、平成15年には今後の住み替え先として「持ち家から借家(賃貸住宅)への住み替えを考えている」が1.9%、「こだわらない」が13.1%で、合計でも15.0%だったものが、平成30年には「持ち家から借家(賃貸住宅)への住み替えを考えている」が13.1%、「こだわらない」が19.7%となり、合計で32.8%まで意識が変化しています(※⑦、⑧)。

つまりこのデータで見る限り、この15年間で賃貸住宅へ住み替えてもよいとする世帯が約7倍(1.9%→13.1%)に増え、こだわらない世帯まで含むと、住み替えを考える全世帯のおよそ3分の1が賃貸住宅へ住み替える可能性があるということになります。

一方、現在借家(賃貸住宅)の世帯も、平成15年では持ち家への住み替えを考える世帯が53.9%、借家への住み替えを考える世帯は18.8%となっています。半数以上が住み替えるなら持ち家という持ち家志向だったものが、平成30年には持ち家への住み替えを考える世帯が34.4%、借家への住み替えを考える世帯が43.0%となり、持ち家志向が全体のおよそ3分の1にまで減少しています。平成15年から平成30年までゆっくりと不動産価格は上昇しており、この間ほとんど収入が増えなかったこともあるため、住宅購入が難しくなり、持ち家に対する意識も変化したものと思われます。

このデータで示されているのは平成30年までで、前述したようにこれ以降、不動産価格はさらに高騰しています。さらに実質収入の減少など経済的な要因もあり、いっそう持ち家志向を減少させ、賃貸住宅への住み替える志向が高まってきているものと思われます。

都市部への集中

ここまで不動産価格や物価、賃金といった経済的な背景、国民の住宅に対する意識の変化などを見てきましたが、賃貸住宅の需要を考える上で人の移動という側面も見ておきましょう。

総務省が公表している「都市部への人口集中、大都市等の増加について」によると、都市部への人口集中が続いており、推計では2050年には総人口の56.7%が三大都市圏に集中し、特に東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)に総人口のおよそ3分の1(32.5%)が集中すると予測しています(※⑨)。

こうした都市部への人口集中は、不動産価格高騰の要因でもあり、必然的に都市部での居住を求める住宅を購入できない層は賃貸住宅を求めることになります。この点でも、特に都市部における賃貸住宅に対する需要は、今後も増加していくことになると考えられます。

まとめ

ここまで住宅購入に関わる経済環境、需要者の心理的な変化を示すデータを挙げて、賃貸住宅需要の今後の変化の可能性をみてきました。いずれも政府機関が公表している実際のデータなど信頼できる数字となって表れてきたものです。

不動産価格の高騰や金利の上昇傾向があるだけでなく、実質賃金の下落によって住宅購入が経済的にいっそう難しくなっています。一方、住宅に対する意識も変化してきており、持ち家志向から賃貸志向へ変化してきています。ニュースなどの報道では、不動産価格が高騰していても売れていることが取り上げられ、相変わらず日本では持ち家志向が強い印象を受けてしまいますが、実際のデータ、特に住み替えに関わる意識の変化をみると、持ち家志向が薄れてきていることがはっきりとわかります。

これらのデータを見る限り、日本国内の人口減少に加え、少子高齢化という状況の中、国内の住宅需要の絶対数は減るものの、持ち家志向から賃貸志向へ変化することで、住宅購入を希望する需要層が減った分、賃貸住宅需要は増加し、少なくとも当面賃貸住宅需要は住宅購入の需要に比べて減少する可能性は低いと思われます。ただし、都市部への人口集中は今後も続く可能性が高く、都市部の賃貸住宅需要は人口が減る中でも増加または横ばいとなる可能性が高いと思われます。一方で地方や郊外の賃貸住宅は苦戦する可能性が高いと考えざるを得ません。

最後に賃貸住宅の空き家に関するデータをみておきましょう。総務省統計局が公表している「平成 30 年住宅・土地統計調査 特別集計(共同住宅の空き家についての分析)」を見ると、民間の賃貸住宅(共同住宅)の空き家は全国で360万戸あり、築年不詳というデータが138万件と多くなっています(※⑩)。一概には言えないものの、築年不詳は年代が古いものに多いとすれば、築年が古いほど空き家が多くなる傾向があり、空き家全体の約4分の1(24.6%)が29㎡以下の住宅(面積的にはワンルーム系と思われます)となっています。

ここまでを踏まえると、今後も需要は期待できるものの、空き家の実態からワンルーム系の賃料は上がりにくいものと思われ、特に築年の古い住宅は賃料が下がる可能性が否定できません。住み替えの意識調査では、持ち家世帯から賃貸住宅への住み替え希望が増えていると紹介しましたが、このデータを踏まえると、今後は2人世帯以上向けの賃貸住宅需要に合わせた賃貸住宅の供給が望まれる可能性が高いかもしれません。これからの賃貸経営の提案にあたっては、こうした現状を踏まえておく必要があるようです。

出典

不動産価格指数(令和5年5月・令和5年第1四半期分)を公表|国土交通省
住宅ローンの固定金利 大手銀行で引き上げる動き相次ぐ(2023/8/31付)|NHK NEWS WEB
人口推計(2022年(令和4年)10月1日現在)2023年4月12日公表|総務省統計局 
第2-1-5図 一人当たり名目賃金・実質賃金の推移|内閣府
2020年基準消費者物価指数 全国 2023年(令和5年)7月分|総務省
図表1-8-6 持家世帯比率の推移(家計を主に支える者の年齢階級別)|厚生労働省
令和4年度 住宅経済関連データ|国土交通省
令和4年度 住宅経済関連データ<1>住宅整備の現状 3.住宅に対する国民の意識|国土交通省
都市部への人口集中、 大都市等の増加について |総務省
平成30年住宅・土地統計調査 特別集計 (共同住宅の空き家についての分析)|総務省統計局

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