記事公開日:2023/09/28
最終更新日:2023/09/28
賃貸借契約については、大家さんと賃借人の間にさまざまなトラブルが生じることがあります。それを解決するのも不動産仲介業者の重要な役割ですが、近年その増加が指摘されているトラブルのひとつに「原状回復」問題があります。今回はそれが起こる理由や背景について考えます。
そして、原状回復におけるトラブル解決に欠かせない、賃貸仲介・管理会社ならば絶対に知っておくべき“東京ルール”についても説明します。このルールはもともと東京で生まれたものですが、その内容がわかりやすいため、全国で使われるようになっています。
併せて、どうしたら原状回復のトラブルをなくすことができるのかという注意点についても皆様に提案していきます。
まずは不動産の「原状回復」という言葉の定義を確認します。原状回復とは賃貸借契約を締結した時点の当初の状態に戻すことをいい、例えば賃借人が生活をしやすいように部屋内のドアを外している、棚を新たに設置している場合に借主の負担で借りた当初の元の状態に戻すことなどをいいます。
この「元の状態」とは新品の状態でなく、契約期間が2年ならば「通常の使用で2年経過したことを考慮した元の状態」である点に注意が必要です。
「現状回復」や「原状復帰」というような似た言葉で表現されることもありますが、賃貸借契約で出てくる言葉は「原状回復」だけです。従って、ここで記した内容だけを正確にとらえておけば問題ありません。
原状回復は「借りた部屋を元の状態に戻すこと」でありますが、元に戻す前に「どのよう理由で傷や汚れが生じたのか」がまず問題になります。
ここでは、問題点になりやすい事例を挙げて説明します。
普段の生活の中で、人の手が壁に触れることがあったり、埃や汚れが床にたまったりします。通常であれば、頻度はさまざまですが掃除などをして、清潔に保つように努力します。その努力をしていても、それでも残ってしまった汚れなどは「経年に伴う劣化」に該当するため、借主にそれを元の状態まで戻すことを求めることはできません。
しかし、汚れを長い間放置してしまうと、汚れの範囲が拡大し、カビも生えて掃除だけでは済まず、取り換えも必要になるなど二 次被害を引き起こすような事態を招くことがあります。その場合には原状回復の範囲を超える問題として、故意や過失によるものとして取り扱われます。
壁や床の汚れと同様に、生活する中で設備や備品が壊れることもよくあります。壊れたまま放置した結果、修繕ができなくなるような場合があります。また、設備や備品などはそれほど劣化していないのにかからず、目的外で使用して壊してしまうこともあるかもしれません。その場合には賃借人の故意や過失でなくても、善管注意義務違反となることもあります。
もともと「ペット可」で貸し出した賃貸マンションやアパートならば、犬や猫などのペットを室内で飼えば当然床や壁にも傷がつくので、その場合には通常の使用の範囲といえます。しかし問題になるのは、「ペット不可」の物件においてこっそり飼っていたペットがつけてしまった傷に対しては、それが軽微なものであっても、賃借人には原状回復をしてもらう必要があると思います。
単身者向けの住宅なら基本的には子どもの落書きなどはないはずですが、稀なケースとして、遊びに来た親戚や友人の子供が、やらかしてしまうことも考えられます。親戚や友人が家に遊びに来ることぐらいは通常の使用範囲なので、その結果が生じた落書き程度ならば経年劣化といえるでしょう。ただしそれも程度問題であって、なかなか落ちない油性のマジックでそこら中に落書きがあり、清掃では対応できず、壁紙を全部取り換えなければならないようなケースは、通常の使用範囲を逸脱していると思います。
以上のように、同じように生じた汚れや傷であっても、その原因によっては経年劣化のものもあれば、借主に原状回復義務を負わせる必要があるものに分かれるという難しさをご理解頂けたと思います。
ただし不動産仲介業者として、これを理解したとしても、貸主と借主に正確に内容を伝えなくては意味がありません。その場合に有効な助けとなるものが次にご紹介する東京ルールです。
東京都は平成16年10月に賃貸住宅紛争防止条例を施行し『賃貸住宅トラブル防止ガイドライン』を作成しました。このガイドラインは“東京ルール”と呼ばれ、賃貸住宅のトラブルを防止するためのすぐれた指針となっています(※)。
東京ルールには、例えば壁紙の張替に関しては「画鋲やピンなど下地ボードの張り替えが不要な場合=貸主負担」、「釘穴やねじ穴など下地ボードの張り替えが必要な場合=借主負担」など、豊富な例を用いて貸主と借主の原状回復における負担区分が分かりやすくイラストで描いてあります。これにより不動産仲介者会社の理解を助けるのみならず、このイラストを契約時に入居者に見せることで、細かい文字で書いたルールよりも分かりやすく伝えることができるのがメリットだと思います。さらに、賃貸借に係る紛争の防止を予防するためにどんな文書を交付したらよいのかと悩む場合に、そのフォーマットも明示されており、もしトラブルになってしまった場合の相談窓口や司法手続についても詳しく書かれています。
この賃貸住宅紛争防止条例について、あくまでも東京都の条例と認識し、東京でしか通用しないルールだとしてその他の地域では参考にならないと勘違いしている人も多いかもしれません。しかし賃貸住宅紛争防止条例の本質は、宅地建物取引業者に対し、原状回復の内容や費用負担の説明を義務付けたものであり、これがルール化されていない他の県でもトラブルを未然に防ぐための参考になる内容になっています。そして、おそらく近い将来には全国版のルールに変わる可能性が高いので、ぜひとも内容をチェックして実践して頂ければと思います。
かつては部屋を借りる場合には、保証人を必要とし、契約時には一時金としての敷金や礼金を取るのが当たり前でした。しかし、民法が改正されたことにより保証人をつけることに対する制限が加えられ、また、入居時に一時金があると負担が大きいことから、敷金や礼金などの初期費用をなくした、いわゆる“ゼロゼロ物件”が多く出回るようになりました。その結果、敷金で原状回復に関する退去費が引けなくなったことで、退去時に高額の退去費が請求されるという事例が増えてしまい、原状回復に関する一般の人の目が厳しくなったように思えます。
私は不動産鑑定士でありながら地方裁判所の調停委員でもあるので、まさに不動産のトラブルを毎日のように目にしています。そして思うに、民事上のトラブルの主な原因となるのは「常識と常識の認識のズレ」のような気がしています。例えばこの原状回復に関しては、「賃料を払っているから、このぐらい汚しても大丈夫だろう」という借主の常識と、「借りたものはキレイにして元通りにして返せ」という貸主の常識がぶつかり、そのギャプが解消できないときにトラブルが起こると考えています。
不思議なもので、調停の場で双方の話を聞くと、相手に対して悪気があるとか、困らせようという意図を持つ人はほぼ皆無です。しかし、トラブルに巻き込まれる多くの人は、自分で得た少ない情報のみで物事を判断し、それを世間の常識という形で主張します。トラブルは双方の常識のすり合わせをすることで回避することができるので、不動産業者としてはオーナーの立場を考えることはもちろん、借主の立場にもなって、双方の話を丁寧に聞く必要があると思います。その場合に、“言った言わない”を回避するために丁寧に書類で残すことと、現状を正確に記録しておくために写真や動画を撮ることが必要です。その上で「今までがこうだった」的な常識を疑い、今回ご紹介したガイドラインを参照にして、自分なりのガイドラインを作り上げることが大事だと思います。
出典:
※賃貸住宅トラブル防止ガイドライン(概要) | 東京都住宅政策本部 (tokyo.lg.jp)
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